うんこハゲの憂鬱

「うんこハゲ」ってなんか語感とか悲惨さが面白くって、だから「何かを悪く言うツイート」で使ったらツイート自体は面白くなるかもしれない。でも実際にうんこハゲな人がそれを見たら不快な思いをするのだろうし、じゃぁ使わない方がいいんだろうと思う。ただ、「そんなことばかりだったら世の中面白くないだろうな」と感じてしまう。まぁそのあたり、うんこハゲのいないところで言えばいいだけのことなんだけど。

いやしかし。近年は SNS が大人気でインフラと言っても過言じゃなくて、だからつい、鍵アカじゃない公の場にツイートしてしまう。ヒキニートの僕なんかにしたら、ツイートしないのは現実的に言葉を発しないのとすごく近くて、だから「うんこハゲ」って言葉を自制するのはとてもつまらない。面白くない。それってツイートする意味自体が減ってしまう。どうしよう。

ところで。今朝テレビでお笑い芸人が、デブの相方に向かって、デブであることをいじってた。僕はデブだから多少の引っ掛かりを感じたものの、でも気にならないし、ってか面白かった。じゃぁうんこハゲだって気にすることないし、気にしないで楽しんでくれたらいいよね。でも、楽しめない人だっているのだろうし、その人を責めることはできないし、尊重しなきゃいけない。じゃぁやっぱ「うんこハゲ」って言ったらダメなんだ。

ところでところで。最近、僕の Twitter の TL で人権尊重を訴えるツイートをよく見るようになった。それは世間でそういう風潮にあるって言うより、僕がそういうツイートに注目してて、 Twitter 側がそれを検知して優先的に見せてるってことだと思うのだけど、それはそれとして。

そーゆー意見を見るにつけ僕が思うのは「マイノリティが軽視されるのはある程度仕方がないだろう」ってこと。だって極端なこと言ったら人類で 1 人だけかかってる難病について「その人には誰もと同じように生きる権利を持っているのだから」って理由でガン研究と同じだけの費用をかけるわけにはいかない。悔やむふりして死んでもらうのが、その人以外の全人類を幸せにしてくれる。

だとすれば、そのあたりの線引をどこにするかって問題で、だから必ず軽視される人が出てくる。これはもうどうしようもない。 1 人のために人類揃って共倒れになるのは、少なくとも僕は嫌。勘弁してほしい。もし自分がその 1 人だったら、あらゆるものを呪いながらもどこかで理解はできると思う。

まぁ、そんなこんなで。現状「うんこハゲ」発言について気にすべき人はそう多くないだろうし、そう予想するなら、まぁ好きにツイートすりゃいいかって結論に至った。今までと同じ言動ってことに落ち着いたわけだ。